店を閉めるときの従業員の手続きは、たいてい「一人ひとりの退職」として語られます。資格喪失届、離職票、源泉徴収票。これは従業員への伝え方と解雇予告にまとめたとおりです。
ただ、従業員を雇っていた店には、もう一層あります。店(事業所)そのものを、社会保険・労働保険・住民税の仕組みから外す届出です。従業員の書類を出し終えても、こちらが残っていると、保険料の請求や事業所としての登録が続きます。
先に全体を書きます。
- 健康保険・厚生年金保険:事業所をやめた日から5日以内に「適用事業所全喪届」(法人の店、または任意適用を受けていた個人の店)
- 雇用保険:廃止した日の翌日から10日以内に「雇用保険適用事業所廃止届」
- 労働保険(労災・雇用):保険関係がなくなった日から50日以内に確定保険料の申告。前払いした保険料が多ければ還付を請求できる
- 住民税:特別徴収していた従業員について、市区町村へ届出書。1月〜4月に辞める人は、残りの税額を最後の給与からまとめて差し引く
それぞれ、期限の短い順に見ていきます。
まず確かめる:自分の店はどの仕組みに入っていたか
届出は「入っていた仕組みの数だけ」出します。入っていない仕組みには出しません。
| 仕組み | 入っている店 | 店を外す届出 |
|---|---|---|
| 労災保険 | 従業員(アルバイトを含む)を雇っていた店 | 届出ではなく、確定保険料の申告で精算 |
| 雇用保険 | 雇用保険の被保険者を雇っていた店 | 雇用保険適用事業所廃止届 |
| 健康保険・厚生年金保険 | 法人の店/任意適用の認可を受けた個人の店 | 適用事業所全喪届 |
| 住民税の特別徴収 | 従業員の住民税を給与から差し引いていた店 | 給与所得者異動届出書(市区町村の様式) |
個人の飲食店は、従業員が何人いても健康保険・厚生年金保険の強制適用ではありません。 健康保険法第3条第3項は、個人の事業所で強制適用になる業種を列挙していて、そこに飲食業が入っていないためです(2026年10月6日時点の条文)。個人の店で健康保険・厚生年金に入っていたなら、それは任意適用の認可を受けていたということで、その場合は全喪届が必要です。
⚠️ 会社そのものは残して別の店や事業を続ける場合は、事業所全体が適用から外れるわけではありません。閉めた店の従業員の資格喪失届だけになることがあります。会社を残して役員報酬の支払いが続く場合も、全喪に当たるかどうかは年金事務所で確認してください。
5日以内:健康保険・厚生年金保険の「適用事業所全喪届」
日本年金機構の案内では、事業を廃止(解散)した場合や休止(休業)した場合に、事業主が「適用事業所全喪届」を出します。
- 期限:事実発生から5日以内(厚生年金保険法施行規則第13条の2も「当該事実があつた日から五日以内」)
- 提出先:事務センターまたは管轄の年金事務所(電子申請・郵送・窓口)
- 従業員の資格喪失届も5日以内:厚生年金保険の被保険者資格喪失届は、事実があった日から5日以内です(同規則第22条)
添付書類が、届出の順番を決める
全喪届には、事業所をやめたことが分かる書類を付けます。年金機構が原則として挙げているのは次のどちらかです。
- 解散登記の記載がある法人登記簿謄本のコピー
- 雇用保険適用事業所廃止届(事業主控)のコピー
個人の店や、まだ解散登記をしていない法人では、2を使うことになりがちです。つまり雇用保険の廃止届を先に出して、事業主控を受け取っておくと全喪届が出しやすくなります。期限は全喪届が5日、雇用保険が10日なので、雇用保険の方を先に片付けるつもりで動いてください。
どちらも付けられない場合は、給与支払事務所等の廃止届のコピー、事業廃止等年月日の記載がある労働保険の確定保険料申告書のコピー、事業廃止を決めた取締役会議事録のコピーなどでも認められています(年金機構の案内に一覧があります)。
また、厚生年金保険法施行規則第13条の2第3項により、健康保険と一緒に出す全喪届は、雇用保険の廃止届とあわせて公共職業安定所(ハローワーク)を経由して出すこともできます。
なお、全喪届に書いた事業所の名称・所在地・全喪年月日は、日本年金機構のホームページで公開されます。
10日以内:雇用保険の「適用事業所廃止届」と、従業員の資格喪失届
厚生労働省の手続き一覧では、次の期限が示されています。
| 届出 | 期限 | 主な添付書類 |
|---|---|---|
| 雇用保険被保険者資格喪失届・離職証明書(従業員ごと) | 被保険者でなくなった事実があった日の翌日から10日以内 | 出勤簿、労働者名簿、賃金台帳、離職理由が確認できる書類など |
| 雇用保険適用事業所廃止届(店ごとに1枚) | 事業所を廃止した日の翌日から10日以内 | 法人は登記簿謄(抄)本等/法人でない場合はその事実を証明する書類 |
離職証明書は、従業員が失業給付を申請するための離職票のもとになります。閉店後は店に連絡がつかなくなりやすいので、離職票を受け取る連絡先を、従業員一人ひとりと先に決めておくのが現実的です(従業員への伝え方と解雇予告の「閉店後に必要な手続き」)。
1か月以内:源泉徴収票と、給与支払事務所等の廃止届出書
税務署関係は、所得税法で期限が決まっています。
- 源泉徴収票:年の途中で退職した人には、退職の日以後1か月以内に作成して交付します(所得税法第226条第1項)
- 給与支払事務所等の廃止届出書:給与を支払う事務所を廃止したら、その日から1か月以内に税務署へ(同法第230条)
個人事業の廃業届(開業・廃業等届出書)は、2026年1月1日以後の廃業なら廃業した年分の確定申告期限までです(同法第229条)。税金の届出全体は飲食店を閉めたあとの税金の手続きにまとめています。
50日以内:労働保険の確定保険料申告(払い過ぎは還付請求)
労働保険(労災保険・雇用保険)は、ほかの保険と仕組みが違います。年度のはじめに、その年度1年分の保険料を見込み(概算保険料)で前払いしているからです。
- 事業を廃止すると、保険関係はその翌日に消滅します(労働保険徴収法第5条)
- 保険年度の途中で保険関係が消滅したときは、消滅した日から50日以内に確定保険料申告書を提出します(同法第19条第1項)
- 実際の賃金で計算した確定保険料が、前払いした額より多ければ差額を納付、50日以内(同条第3項)
- 前払いした額の方が多ければ、申告書を出す際に還付を請求できます(同法施行規則第36条)
年度の途中で店を閉めると、前払いは1年分で、実際に人を雇っていたのは閉店までの期間です。申告をしないままにすると、戻るはずのお金を請求しないことになりかねません。 申告は都道府県労働局に対して行い、労働基準監督署などを経由して出すこともできます(同規則第38条)。様式と提出先は、手元の申告書の案内と管轄の労働基準監督署で確認してください。
住民税:特別徴収していた従業員の届出
従業員の住民税を給与から差し引いて(特別徴収して)納めていた店は、退職した従業員について市区町村へ届出書を出します(地方税法第321条の5第3項)。一般に「給与所得者異動届出書」と呼ばれる市区町村の様式です。
辞める時期で、店側がやることが変わります(同条第2項)。
| 退職の時期 | 店側がやること |
|---|---|
| 1月1日〜4月30日 | 5月までに納めるはずだった残りの税額を、最後の給与・退職手当からまとめて差し引いて納める(その給与等が残額を超える場合に限る) |
| 6月1日〜12月31日 | 従業員から申出があれば、同じようにまとめて差し引ける。申出がなければ、翌月以降の分は従業員が自分で納める(普通徴収)に切り替わる |
最後の給与の計算に関わるので、最終給与の金額を決める前に、どちらに当たるかを確かめてください。届出書の提出期限と様式は、従業員の住所地の市区町村の案内で確認します。
翌年1月31日まで:退職者の給与支払報告書
年の途中で辞めた従業員についても、退職した年の翌年1月31日までに、その人の住所地の市区町村へ給与支払報告書を出します。ただし、その年に店から払った給与の総額が30万円以下の人は不要です(地方税法第317条の6第3項)。閉店した翌年の1月に来る期限なので、忘れやすい項目です。
期限順に並べると
閉店日(従業員の最終出勤日・事業の廃止日)を起点にした一覧です。日数の数え方は届出ごとに違う(「当日から」「翌日から」)ので、表の書き方のまま読んでください。
| 期限 | 届出・手続き | 出す先 |
|---|---|---|
| 5日以内 | 健康保険・厚生年金保険 被保険者資格喪失届(従業員ごと) | 年金事務所・事務センター |
| 5日以内 | 適用事業所全喪届(法人・任意適用の個人) | 同上(ハローワーク経由も可) |
| 翌日から10日以内 | 雇用保険 被保険者資格喪失届・離職証明書(従業員ごと) | ハローワーク |
| 翌日から10日以内 | 雇用保険適用事業所廃止届 | ハローワーク |
| 退職の日以後1か月以内 | 源泉徴収票の交付 | 従業員本人へ |
| 1か月以内 | 給与支払事務所等の廃止届出書 | 税務署 |
| 消滅した日から50日以内 | 労働保険 確定保険料申告書(不足は納付・超過は還付請求) | 都道府県労働局(労働基準監督署などを経由できる) |
| 退職後(期限は市区町村の案内) | 給与所得者異動届出書(特別徴収していた人) | 従業員の住所地の市区町村 |
| 翌年1月31日 | 給与支払報告書(その年の給与30万円超の退職者) | 従業員の住所地の市区町村 |
| 廃業した年分の確定申告期限 | 個人事業の開業・廃業等届出書(個人) | 税務署 |
閉店前後の段取り全体(賃貸借契約の解約予告・原状回復・備品の売却)との並べ方は、引き渡し日から逆算するスケジュールで扱っています。保健所・消防・警察への届出は閉店時の届出はどこへ出すかにあります。
よくある迷いどころ
社会保険労務士に頼むべきか
ここに挙げた届出は、事業主本人が出せます。ただ、閉店の前後は原状回復の立会い・備品の搬出・取引先への連絡と重なり、5日・10日の期限は思ったより早く来ます。従業員の人数が多い、離職理由で従業員ともめている、会社を解散するかどうか決まっていない、といった場合は、社会保険労務士に相談した方が安全です。相談する順番は閉店の相談は、誰に・どの順番でするのかを参考にしてください。
オーナー本人の失業保険は
オーナーとして働いていた期間は、原則として雇用保険の対象になりません。例外の条件は店を閉めたオーナー自身は、失業保険をもらえるのかにまとめています。
備品の売却は、届出の前と後どちらでもいいか
届出と備品の売却は別の手続きなので、順番に決まりはありません。ただ、閉店日が近づくほど時間が取れなくなるので、査定は従業員へ公表する前に、引き取りは伝えた後にという段取りが組みやすい形です(閉店時の買取は「査定は公表の前、引き取りは伝えた後」)。当サイトは閉店する飲食店の備品の買取・処分について、提携先へのお取次ぎをしています。ご相談は無料査定・お問い合わせから。
まとめ
- 従業員を雇っていた店は、従業員一人ひとりの退職手続きと、店(事業所)を仕組みから外す届出の2層がある
- 健康保険・厚生年金の全喪届は5日以内(法人・任意適用の個人の店)。添付に使える雇用保険廃止届の事業主控を先に取っておく
- 雇用保険の適用事業所廃止届は翌日から10日以内
- 労働保険は50日以内に確定保険料を申告。前払いが多ければ還付を請求する
- 住民税は1月〜4月退職なら残りを最後の給与からまとめて徴収。翌年1月31日には退職者の給与支払報告書(給与30万円超の人)
出典(確認日:2026年10月6日)
- 日本年金機構「適用事業所が廃止等により適用事業所に該当しなくなったときの手続き」
- 厚生労働省「雇用保険の事業主の方への手続き一覧」
- e-Gov法令検索「労働保険の保険料の徴収等に関する法律」第5条・第19条/「同法施行規則」第36条・第38条
- e-Gov法令検索「厚生年金保険法施行規則」第13条の2・第22条/「健康保険法」第3条
- e-Gov法令検索「所得税法」第226条・第229条・第230条
- e-Gov法令検索「地方税法」第317条の6・第321条の5
制度や様式は改正されることがあります。本記事は確認日時点の法令と公的機関の案内にもとづく一般的な整理で、個別の事業所の手続きを判断するものではありません。提出前に、年金事務所・ハローワーク・労働基準監督署・税務署・市区町村で最新の案内を確認してください。
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