閉店して鍵を返した。あとは保証金が戻るのを待つだけ——のはずが、精算書が届かない、届いたら思ったより少ない、内訳が「原状回復費 一式」としか書いていない。
明け渡しの後に残るのは、このお金の精算です。ここでは、返ってこない・差し引きに納得できないと感じたときに、どの順番で何をすればよいかを整理します。
先に全体を示します。
| 段階 | やること | 根拠・目安 |
|---|---|---|
| ① 返還のルールを確かめる | 返還の時期・償却・差し引きの条項を契約書で読む | 民法 第622条の2 |
| ② 精算書を求めて読む | 差し引かれた項目を「契約の条項」と1つずつ突き合わせる | ― |
| ③ 書面で請求する | 納得できない項目と金額、返してほしい額と期限を書いて送る | ― |
| ④ 話し合いの場を裁判所に移す | 簡易裁判所の民事調停 | 2〜3回の期日・おおむね3か月以内(裁判所) |
| ⑤ 判断を求める | 少額訴訟(60万円以下)か通常の訴訟 | 民事訴訟法 第368条 |
① 返還のルール:明け渡しが先、差し引きの後に残りが戻る
民法 第622条の2は、名目を問わず賃料などの債務を担保するために預けたお金を「敷金」とし、賃貸借が終わり、かつ物件の返還を受けたときに、貸主は預かった額から借主の債務を差し引いた残りを返さなければならない、と定めています。
ここから読めることは3つです。
- 明け渡しが先です。返還の義務は、物件を返した後に生じます。明け渡しと引き換えに返してもらう、という形にはなっていません
- 「保証金」「敷金」と呼び名が違っても、賃料などの債務の担保として預けたお金ならこの条文の対象です
- 差し引けるのは賃貸借から生じた借主の債務(未払いの賃料、原状回復の費用など)です
返還の時期を「明け渡しから◯か月以内」と契約で決めていることがあります。また、償却(敷引き)として最初から返さないと決めた部分は、原状回復とは関係なく戻りません。保証金のうち実際に戻る額の内訳は店舗の解約予告は何ヶ月前?|敷金・保証金がいくら戻るかで整理しています。
原状回復費の差し引きの範囲
民法 第621条は、借主の原状回復義務から通常の使用による損耗と経年変化を除いています。ただしこれは原則で、特約で変えることができます。店舗の契約では、通常損耗や経年変化まで借主の負担とする特約が置かれていることがあります。
「経年劣化だから払わなくていい」とも「店舗だから全部借主負担」とも言い切れず、契約書の条項しだいです。考え方は店舗の原状回復で「経年劣化」は借主負担になるのかを参照してください。
② 精算書を求めて、1行ずつ突き合わせる
返還額に納得できないときは、まず差し引きの内訳が分かる精算書を求めます。「原状回復費 一式」のままでは、どこが多いのか誰にも判断できません。
精算書が届いたら、次の表を作ってください。
| 差し引かれた項目 | 金額 | 契約書の該当条項 | 自分の見立て |
|---|---|---|---|
| 未払い賃料・共益費 | 賃料の条項 | 日割りか、月単位か | |
| 償却(敷引き) | 保証金の条項 | 契約どおりの率か | |
| 原状回復工事 | 原状回復の条項 | 範囲は契約どおりか、通常損耗が混ざっていないか | |
| 残置物の撤去 | 明け渡しの条項 | 本当に残していたか(写真で確かめる) | |
| その他(鍵交換・清掃など) | 特約 | 契約に根拠があるか |
突き合わせに使える材料は、契約書・入居時と明け渡し時の写真・工事の見積書と請求書・明け渡しの立会いの記録です。明け渡しの日に撮った写真は、この段階で大きな手がかりになります。
工事の見積もりを項目に分解して読む方法は原状回復の見積もりが高い気がしたらにまとめています。
想定事例:差し引きを表にするとこうなる
以下は説明のための想定事例で、実在の店や取引ではありません。
保証金300万円、契約で「償却は保証金の20%」。明け渡しから2か月後に届いた精算書は「償却60万円・原状回復費 一式200万円・返還額40万円」。
表にすると、原状回復費200万円の内訳が無いことがまず分かります。内訳を求めた結果、200万円のうち契約で貸主の負担とされている共用部の配管工事が入っていた、ということが見えれば、その項目について根拠を示して請求できます。逆に、内訳がすべて契約の範囲内なら、交渉で動かせる部分は小さいと判断できます。
内訳を出させることが、最初で最大の一歩です。
③ 書面で請求する
納得できない項目が特定できたら、口頭ではなく書面で請求します。書くことは次のとおりです。
- 契約の表示(物件の所在地、契約日、明け渡し日)
- 保証金の額と、受け取った精算の内容
- 納得できない項目・金額と、その理由(契約書の条項・写真などの根拠)
- 返してほしい金額と、回答・支払いの期限
送った日と内容が後で証明できる方法(内容証明郵便など)で出しておくと、次の段階で経緯を示しやすくなります。
返還を求める権利は、いつまでも残るわけではありません。民法 第166条は、債権は権利を行使できることを知った時から5年(行使できる時から10年)行使しないと時効で消滅すると定めています。精算に納得できないまま放っておかず、早めに動いてください。
④ 話し合いで決まらないとき:簡易裁判所の民事調停
当事者同士で決まらないときは、簡易裁判所の民事調停があります(民事調停法 第2条)。裁判所の案内では、調停は勝ち負けを決めるのではなく、裁判官と一般市民から選ばれた調停委員が間に入り、話し合いで合意を目指す手続きです。
- 申立先:原則は相手方の住所・営業所などを管轄する簡易裁判所(同法 第3条)。ただし建物の貸借をめぐる調停は、その建物の所在地を管轄する簡易裁判所などが管轄です(同法 第24条)
- 費用:裁判所の案内による例では、10万円の請求で訴訟の手数料が1000円、調停は500円
- 期間:通常、2〜3回の期日を開き、おおむね3か月以内に成立するなどして終了する(裁判所)
- 効力:合意が調書に記載されると、裁判上の和解と同じ効力があります(同法 第16条)。裁判所の案内では、調停調書にもとづいて強制執行もできます
- 非公開:調停は非公開の席で行われます(裁判所)
調停は「どちらが正しいか」より「どこで折り合うか」を探る場です。精算書の表を持って行くと、話がかみ合います。合意できなければ、調停に代わる決定または不成立で終わります。
⑤ 判断を求めるとき:少額訴訟(60万円以下)と通常の訴訟
返してほしい額が60万円以下なら、簡易裁判所の少額訴訟を選べます(民事訴訟法 第368条第1項)。
| 少額訴訟 | 通常の訴訟 | |
|---|---|---|
| 対象 | 60万円以下の金銭の支払い請求 | 金額の制限なし |
| 審理 | 原則1回の期日で終える(第370条) | 複数回 |
| 証拠 | その場ですぐ調べられるものに限る(裁判所) | 制限なし |
| 判決への不服 | 控訴できない(第377条)。判決の送達から2週間以内に異議(第378条) | 控訴できる |
| 回数の制限 | 同じ簡易裁判所で年10回まで(裁判所) | なし |
少額訴訟には次の点もあります(裁判所の案内による)。
- 相手方(被告)が申し出れば、通常の訴訟に移ることがあります(第373条)。争点が複雑なときは、裁判所の判断で移ることもあります
- 請求が認められても、分割払い・支払猶予・遅延損害金の免除の判決になることがあります
- 令和8年5月21日以降は、書面に加えてオンライン(mints)での申立てもできるようになっています
保証金の返還で争点が「原状回復の範囲」になる場合、1回の審理では足りず、通常の訴訟に移ることも考えられます。どの手続きを選ぶかは、請求額と争点の数で決まります。弁護士や、各地の弁護士会・法テラスなどの相談窓口で見立てを聞いてから選ぶほうが、遠回りになりません。
明け渡しの前なら、打てる手はもっと多い
ここまでは明け渡しの後の話です。まだ明け渡していないなら、もめる原因の多くは工事の前に手当てできます。
- 原状回復の範囲・業者の指定・経年劣化・敷金の4か所を、解約通知の前に契約書で確かめる:店舗の原状回復でもめるのは、いつも同じ4か所
- 契約書の読むべき箇所:閉店の費用は、賃貸借契約書の7か所でほぼ決まっています
- 撤去する前に、値が付く厨房機器・什器を先に売って、処分費を減らす:明け渡しまでに、買取をどの順番で入れるか
- 明け渡しの日に、部屋ごと・設備ごとの写真を日付が分かる形で残す
保証金が戻るまでの期間は、資金繰りの空白になります。原状回復の費用が払えないも合わせて読んでおくと、支払いの順番を組み立てやすくなります。
まとめ
- 保証金(敷金)は、明け渡しの後に、債務を差し引いた残りが返る(民法 第622条の2)。償却分は最初から戻らない
- 通常損耗・経年変化は原則として借主の原状回復義務に入らないが、特約で変えられる(民法 第621条)。結論は契約書しだい
- 納得できなければ、まず内訳の分かる精算書を求め、項目ごとに契約の条項と写真で突き合わせる
- 根拠を添えて書面で請求する。権利は知った時から5年で時効にかかる
- 決まらなければ簡易裁判所の民事調停(建物の貸借の調停は建物の所在地の簡易裁判所が管轄・おおむね3か月以内)
- 60万円以下なら少額訴訟(原則1回の審理・控訴なし・同じ裁判所で年10回まで)。争点が多ければ通常の訴訟
出典(確認日:2026年10月9日)
- e-Gov法令検索「民法」第166条・第621条・第622条の2
- e-Gov法令検索「民事訴訟法」第368条・第370条・第373条・第377条・第378条
- e-Gov法令検索「民事調停法」第2条・第3条・第16条・第24条
- 裁判所「民事調停」
- 裁判所「少額訴訟」
本記事は確認日時点の法令と裁判所の案内にもとづく一般的な整理で、個別の契約や精算の当否を判断するものではありません。保証金・原状回復の扱いは、個々の賃貸借契約の内容と経緯によって結論が変わります。具体的な請求や手続きの選び方は、弁護士などの専門家に相談してください。
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