閉店を決めて原状回復の見積もりを取ると、「そこまで自分たちの負担なのか」と感じる項目が必ず出てきます。 10年使った床、日に焼けた壁、寿命が来ている空調。どれも自然に古くなった部分です。
住居の退去なら、こうした経年劣化・通常損耗は借主が負担しないのが原則です。多くの人がその感覚を持っています。ところが店舗では、同じ理屈が通らないことが少なくありません。
理由は借主が弱いからでも、貸主が強引だからでもありません。そもそも根拠にしている決まりが、住居用のものだからです。
この記事では、経年劣化が借主負担になるかどうかがどこで決まるのか、契約書のどの部分を見ればよいのかを整理します。
まず、言葉を分ける
見積書や契約書では次の3つが混ざって使われます。もめるのは、この3つの線引きです。
| 言葉 | 中身 | 例 |
|---|---|---|
| 経年劣化(経年変化) | 時間の経過で自然に古くなること | 壁紙の日焼け、床材の色あせ |
| 通常損耗 | 普通に使っていれば必ず生じる傷み | 客席の椅子跡、通路の摩耗 |
| 借主の責任による損傷 | 使い方や管理の問題で生じたもの | 油汚れの放置、無断で開けた穴、設備の破損 |
3つ目が借主負担であることは、住居でも店舗でも争いになりません。 問題は1つ目と2つ目です。
住居のルールが、そのまま店舗に当てはまらない
「経年劣化は借主が負担しない」という考え方の出どころは、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」です。ここには、通常損耗と経年変化は賃料に含まれているという整理が示されています。
ただしこのガイドラインが対象としているのは、住居用の賃貸借です。 事業用の建物賃貸借、つまり店舗や事務所は、想定の外にあります。
- 住居 = 借主は消費者。判断材料も交渉力も貸主と対等ではないという前提がある
- 店舗 = 借主は事業者。契約内容を理解して結んだものとして扱われる
この違いが、原状回復の負担範囲をそのまま逆転させます。
さらに民法では、賃借人の原状回復義務について、通常の使用による損耗と経年変化は除くという考え方が示されています(民法621条)。ただしこの規定は、当事者の合意で内容を変えられる性質のものとされています。つまり契約書で「通常損耗・経年劣化も借主負担」と定めれば、そちらが優先される余地があります。
そして店舗の賃貸借契約では、この定めが置かれていることがむしろ一般的です。
結論として、店舗の経年劣化が借主負担かどうかは「一般論」では決まりません。契約書に何と書いてあるかで決まります。 一般的な傾向として借主負担とされている例が多い、というだけで、個別の契約の有効性は事案によって判断が分かれます。実際に争いになりそうな場合は、契約書を持って弁護士など専門家に確認してください。
契約書で見る4か所
見るべき場所は決まっています。この4か所を読めば、自分の負担範囲はだいたい分かります。
① 原状回復の定義
「原状」がどの状態を指すかが書かれています。ここが最も金額を動かします。
- スケルトン返し = 内装・設備を撤去し、躯体(コンクリート)の状態へ戻す
- 入居時の状態へ戻す = 前の借主の造作を引き継いでいれば、その状態へ
- 現状渡し(造作を残して退去) = 貸主が認めた場合のみ
居抜きで入った店で「スケルトン返し」と書かれていると、自分が作っていない部分まで撤去する義務を負うことになります。 ここは範囲そのものの話なので、飲食店の原状回復はどこまで?範囲でもめないための契約確認と見積もりの手順に詳しくまとめています。
② 通常損耗・経年劣化の扱い
「通常損耗を含む」「経年変化を問わず」といった文言があるかどうかを探してください。あれば、その部分は借主負担として設計されている契約です。
文言が無い場合は、原則どおり借主が負担しないと読める余地が出てきます。ただし読み方が分かれる書き方も多いため、無いと思ったら記載箇所を控えておいてください。
③ 工事業者の指定
貸主指定の業者でしか工事できないと書かれていることが多くあります。この場合、相見積もりで金額を下げる余地が限られます。
指定がある契約でも、数量と単価の説明を求めることはできます。 交渉の余地がどこにあるかは原状回復の見積もりが高いと感じたときの確認と交渉にまとめました。
④ 敷金・保証金の償却
「償却」「敷引き」の記載があれば、その分は返ってきません。 原状回復費用を敷金から差し引く順序も、契約書で決まっていることがあります。返還額の見込みを立てるときは、ここを先に確認してください。 予告期間との関係は解約予告と敷金はいつ、いくら戻るのかで扱っています。
実際に争点になりやすい5つ
| 部位 | もめる理由 | 見るところ |
|---|---|---|
| 床(塩ビ・タイル) | 摩耗が「通常」か「使いすぎ」か線引きしにくい | 入居時の写真 |
| 壁・天井の油汚れ | 厨房周りは自然な汚れと管理不足の区別が難しい | 清掃履歴 |
| 空調機 | 耐用年数を過ぎていても交換を求められることがある | 設置年・所有者が貸主か借主か |
| ダクト・グリストラップ | 金額が大きく、撤去か清掃かで差が出る | 契約書の設備の帰属 |
| 前の借主から引き継いだ造作 | 自分が作っていないものの撤去義務 | 造作譲渡の契約書 |
とくに空調とダクトは、金額が二桁万円単位で動きます。 設備が貸主のものか借主のものか(帰属)を、契約書と設備表で必ず確認してください。
もめないための順番
1. 契約書と、入居時のやりとりの記録を全部出す。 造作譲渡の書類、設備表、入居時の写真 2. 上の①〜④に線を引く。 どこまでが自分の負担として書かれているかを先に確定させる 3. 貸主と、範囲について文書で認識を合わせる。 口頭で「そこはいいですよ」は残りません 4. その範囲で見積もりを取る。 範囲が決まっていない見積もりは比べられません 5. 食い違いが大きいときは、契約書を持って専門家に相談する
この順番を守ると、争点が「金額」ではなく「範囲」であることがはっきりします。 範囲が動けば金額は自動的に動くので、値引き交渉より効きます。
撤去する前に、値がつく設備がある
原状回復は「撤去して捨てる」工事として見積もられます。ですが厨房機器・什器の中には、撤去ではなく買い取ってもらえるものがあります。
- 撤去費として計上されている設備が、買取なら費用が減る場合があります
- 造作を残したまま次の借主へ引き継げれば、原状回復工事そのものが不要になることもあります
どちらが得になるかは条件次第です。判断の材料は居抜きで渡すか、原状回復して返すかと、閉店にかかる費用全体を並べた飲食店の閉店にかかる費用の総額にまとめています。原状回復の見積もりを承認する前に、この2つを確認してください。 工事が始まってからでは選べなくなります。
よくある質問
Q. 15年入居していました。それでも経年劣化は自己負担ですか。 A. 入居年数だけでは決まりません。 契約書に通常損耗・経年変化を含む定めがあるかどうかが起点です。ただし年数が長いほど「その部分は年数相応の劣化だ」と説明しやすくなるのは事実です。 設置年の記録を揃えておいてください。
Q. 契約書に何も書かれていません。 A. 記載が無い場合、原則どおりの扱いを主張できる余地があります。 ただし読み方が分かれる文言が別の条項にあることも多いため、契約書全体を通して確認が必要です。契約書の写しを持って専門家に相談することをおすすめします。
Q. 貸主が指定した業者の見積もりが相場より高く感じます。 A. 指定業者であっても、数量と単価の内訳の説明は求められます。 範囲を減らす交渉のほうが通りやすい傾向があります。
Q. 空調が寿命で動いていません。交換して返す必要がありますか。 A. 設備が誰のものかで変わります。 貸主の所有であれば、通常は貸主側の維持管理の範囲と整理されることが多い項目です。設備表と契約書の帰属の記載を確認してください。
Q. 「今のままでいい」と口頭で言われました。 A. 必ず書面かメールで残してください。 担当者が変わると引き継がれません。原状回復でもっとも多いトラブルの形です。
まとめ
- 住居の「経年劣化は借主負担ではない」は、そのまま店舗に当てはまらない
- 根拠となる国土交通省のガイドラインは住居用を想定しており、店舗は対象外
- 民法621条の考え方は当事者の合意で変えられる性質とされ、店舗では借主負担の特約が置かれていることが一般的
- したがって契約書がすべて。 ①原状回復の定義 ②通常損耗の扱い ③業者指定 ④敷金の償却 の4か所を見る
- 争点は金額ではなく範囲。 範囲を先に文書で合わせると、金額は自動的に動く
- 撤去前に、買取や居抜きで残せる設備がないかを確認する
本記事は、店舗の原状回復について一般に見られる傾向を整理したものです(確認日:2026-08-08)。契約内容や事情によって結論は異なり、個別の判断は事案ごとに分かれます <要確認>。実際の負担範囲は契約書の記載によりますので、判断に迷う場合は弁護士など専門家にご相談ください。当サイトは閉店にあたっての情報をまとめた媒体で、工事や買取を行う事業者ではありません。実際の依頼先は、複数の事業者を比較したうえでお選びください。

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